概要
織田信長は、天下を統一へ導いた三英傑の一人です。尾張国の戦国大名・織田信秀の嫡男として那古野城で生誕し、2歳という幼さで那古野城主となりました。
信長は小さい頃から奇怪な言動が多く、周囲の人に『うつけ』と呼ばれていました。織田家の重鎮たちは、これで織田家も終わりだと嘆いていたといいます。しかし、父の死により家督を相続するとその才覚を発揮し始めます。
桶狭間にて今川義元を討ち、美濃の斎藤氏を滅ぼし、足利義昭を擁して上洛しました。
浅井・朝倉氏を破り、義昭を追放して室町幕府を滅亡させます。さらに武田勝頼を破り、石山本願寺と和議を結び、毛利氏征討を進めましたが、明智光秀の謀反に遭い、全国統一の半ばで倒れました。
安土城を築き、関所の撤廃・楽市楽座・検地などの革新的政策を行いました。
簡易年表
- 1534年 1歳 那古野城(勝幡城とも)で誕生。
- 1535年 2歳 那古野城城主となる。
- 1546年 13歳 元服し、三郎信長と名乗る。
- 1547年 14歳 吉良大浜の戦いにて初陣を飾る。
- 1548年 15歳 斎藤道三の娘・濃姫と結婚。美濃と和睦。
- 1551年 18歳 父・織田信秀が病死し家督を継ぐ。
- 1553年 20歳 斉藤道三と尾張国境にある聖徳寺で会見。
- 1559年 26歳 上洛し、足利義輝に謁見。
- 1560年 27歳 桶狭間の戦で今川義元を討ちとる。
- 1562年 29歳 三河の徳川家康と同盟を結ぶ。
- 1568年 35歳 足利義昭を奉じて上洛し、将軍職就任を助ける。
- 1573年 40歳 足利義昭を河内国に追放し、室町幕府滅亡。
- 1576年 43歳 近江に新たな拠点となる安土城を築く。
- 1581年 48歳 京都内裏東で京都御馬揃えを催す。
- 1582年 49歳 京都本能寺で明智光秀の謀反にあい自害。