種子島時尭

合戦を変えた男・種子島時尭の簡易年表

概要

島津氏の家臣で種子島氏の第十四代領主です。

西村浦に漂着したポルトガル商人から鉄砲二挺を購入し、鍛冶職人八板金兵衛に命じて分解して調べさせ、鉄砲製造に成功しました。

これに因んで、鉄砲は種子島銃とも呼ばれ、戦国時代に大きな影響を及ぼす事になります。

数年後、島津氏を経由して鉄砲は早くも幕府の執政細川晴元に献上されましたが、その仲介は当時堺に本拠を移して南九州に布教していた日蓮宗本能寺の僧侶でした。

これがのちに堺・国友系の鉄砲として発達。京都洛東の戦いで晴元と三好長慶の間の戦闘に使用され、戦死者を出しています。

また時尭から津田算長に譲られた銃は紀伊根来系の生産につながったといいます。

簡易年表

  • 1528年 1歳 種子島氏第13代当主・種子島恵時の子として生まれる。
  • 1543年 16歳 漂着したポルトガル船から鉄砲を購入する。
  • 1555年 28歳 島津貴久に従い大隅国攻めに参加。
  • 1560年 33歳 家督を長男の時次に譲る。
  • 1562年 35歳 時次が死亡したため家督を戻す。
  • 1579年 52歳 死去。