北条早雲

戦国の先駆け・北条早雲の簡易年表

概要

戦国大名となった小田原北条氏(後北条氏)の祖を築いた武将です。

早雲は戒名で、正しくは伊勢盛時といいます。

伊勢家が北条姓を名乗ったのは盛時の嫡男・氏綱からであり、盛時の存命中に「北条早雲」の名が使われたことは一度もありません。

駿河の今川氏の食客となり、堀越公方足利茶々丸を攻めて伊豆を制圧します。

大森藤頼の小田原城を攻略して本拠とし、相模を平定し、北条氏の関東制覇の基礎を確立しました。

家訓に「早雲寺殿廿一箇条」があり、平生『太平記』を愛読し、倹約家であったことでも有名です。

簡易年表

  • 1456年 1歳 備中国高越城で生まれる。
  • 1464年 9歳 足利義規の近侍となる。
  • 1476年 21歳 駿河に下向して龍王丸派と小鹿範満派との家督争いを調停。
  • 1483年 28歳 足利義尚の申次衆となる。
  • 1487年 32歳 足利義尚の奉公衆となる。
  • 1487年 32歳 興国寺城主となる。
  • 1491年 36歳 出家して早雲庵宗瑞を名乗る。
  • 1493年 38歳 堀越御所の足利茶々丸を攻めて伊豆を平定、韮山城に移る。
  • 1496年 41歳 相模小田原の大森藤頼を討ち小田原城を奪取。
  • 1506年 51歳 相模で初めて検地を実施。
  • 1510年 55歳 権現山城が落城して小田原城まで迫られ、扇谷家と和睦する。
  • 1516年 61歳 三崎城を攻略、相模三浦氏を滅ぼす。相模平定。
  • 1518年 63歳 家督を嫡男氏綱に譲る。伊勢(後北条)氏、虎の印判状の使用を開始。
  • 1519年 64歳 韮山城で死去。