細川幽斎は若い頃、歌道は公家や女性のするもので、武士たる者が嗜むものではないといって興味を示しませんでした。
ある戦いでのことです。
幽斎が敵を追っていくと、そこには乗り捨てた馬だけが残っていて人影がありませんでした。
もう敵は遠くに逃げてしまったと思った幽斎は、追うのをやめて引き返そうとしました。
すると家臣の一人が
「もう少し追ってみられてはどうですか。敵はまだ近くにいます」
と言います。
幽斎がなぜそう思うのかと問うと、その家臣は次のような歌があると幽斎に教えました。
「君はまだ遠くは行かじ我が袖の涙も未だ冷かならでは」
『あなたはまだ遠くには行っていないでしょう。私の袖の涙がまだ冷えていないのですから』
そして
「敵の乗り捨てた馬の鞍には温かさが残っておりました。まだ、さほど遠くには行っていないでしょう」
と言いました。
幽斎は大変感心し、その者の言うとおりに敵を追いました。
程なくして追いつき、見事手柄を立てることができました。
この後、幽斎は歌道に励み、ついには達人の域にまで達したということです。