戦国武将の家紋「北条鱗(三つ鱗)」の由来と逸話

北条鱗は、北条早雲を祖とする後北条氏の独占紋です。

二代目の氏綱が、代々鎌倉幕府の執権をつとめた北条氏にあやかり、姓を「伊勢」から「北条」に変えた際に家紋も「三つ鱗」に変えました。

鎌倉幕府執権の北条氏が使用していた「三つ鱗」は、正三角形を山のように3つ積み上げた形をしていますが、後北条氏は区別するために二等辺三角形を用いて高さを低くしました。

鱗紋の起源

三角形を複数並べて組み合わせる単純な連続文様は古くからあり、魔除けの力があるとされ古墳の装飾にも使用されました。

その幾何学模様が魚や蛇の鱗の連なりに似ていることから「鱗」の名が付けられました。

三つ鱗の由来

三つ鱗は、弁財天に対する信仰からつくられました。

『太平記』にその由来が記してあります。

鎌倉幕府ができて間もない頃、初代執権の北条時政が江ノ島の弁財天に参籠して子孫繁栄を願いました。

21日目の夜、美しい女房が現れ、時政にこう告げます。

「汝の願いは叶えられたり」

彼女が去ったあとに三枚の蛇の鱗が落ちていました。

弁財天は蛇の姿をしているといわれることから、先程の女房は弁財天の化身だとさとった時政は、感謝して三つ鱗を家紋にしたといいます。

北条鱗を使用している氏族

北条氏

北条氏綱

当初は伊勢氏の家紋である「対い蝶」を使用していましたが、「北条」に改姓したときから、北条鱗を定紋としました。

北条氏康

後北条氏第3代目当主の氏康は、父の代からの北条鱗を定紋として使用しました。

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北条氏康

種子島氏

種子島時尭

種子島氏は、鎌倉時代初期に平家から北条家の養子となり種子島に入ったのが初代とされ、北条鱗を使用しています。